自動制御の技術史 History of Automatic Control

概要

自動制御とは

日本工業規格(JIS Z8116)の「自動制御用語(一般)」によって、用語についての規定があります。

  • 制御(control):ある目的に適合するように、対象となっているものに所要の操作を加えること。
  • 自動制御(automatic control):制御装置によって自動的に行なわれる制御。

さらに、「制御工学」とは自動制御の技術を研究対象とする科学(技術学)の一分野であるといえるでしょう。

自動制御の学会

自動制御の対象は多様であり、機械学会などのように古くからある学会でも自動制御の問題が扱われます。自動制御を特に専門とする計測自動制御学会システム情報制御学会は、戦後に成立しています。

  • 計測自動制御学会:自動制御研究会(1948年発足)と計測学会の合併によって成立(1961年)。
  • システム情報制御学会:日本自動制御協会(1957年発足)、1989年に現在の名称に改称。

基本的な考え方を知るために

ひとまず、これらの本を読んでみてください。歴史的なことも書かれています。

  • 示村悦二郎, 『自動制御とは何か』, コロナ社, (1990).
  • 木村英紀, 『制御工学の考え方 産業革命は「制御」からはじまった』, 講談社ブルーバックス, (2002).

自動制御の技術史文献

これらは、自動制御の歴史について書かれた単行本のうち、よく知られているものです。

  • Otto Mayr, Zur Flüuehgeschichte der technischen Regelungen, R. Oldenbourg, (1969).
  • Klaus Rörentrop, Entwicklung der modernen Regelungstechnik, R. Olderbourg, (1971).
  • Stuart Bennett, A History of control engineering: 1800-1930, Peter Peregrinus, (1979). 古田勝久, 山北昌毅(訳), 『制御工学の歴史』, コロナ社, (1998).
  • Stuart Bennett, A History of control engineering: 1930-1955, Peter Peregrinus, (1993). (未訳)

私の研究活動

制御工学という学問領域(discipline)の形成過程

  • 学問領域が形成された時期を、次のような指標によって特定することにしましょう。
  1. 基本的な知識の体系化
  2. 専門用語の統一
  3. 学会の設立など、研究者・技術者の組織化
  4. 大学に学部や学科等が設置され、系統的な教育が実践される
  • そうすると、日本においてすべてがそろうのは、次のように1960年頃ということになります。
  1. 理論体系の確立
    1. 寒川武の学位請求論文による体系化の試み(1945年、学位取得前に死去)。原稿は日本機械学会より1948年に『自動制御の理論と實際』上下として刊行。
    2. 東大における高橋安人の講義(1946年より)
    3. 1951年から3年間の総合研究「自動制御に関する理論体系確立」(高橋安人の編集により1956年に共立出版から『自動制御理論』として刊行)。
  2. 日本工業規格による自動制御用語(1954年)。
  3. 自動制御研究会(1948年)および日本自動制御協会(1957年)の発足。
  4. 東京工業大学と九州工業大学に制御工学科が設置(1960年)。大阪大学基礎工学部に制御工学科設置(1962年)。
  • 自動制御に関する理論というものは次々に新しいものが出てきたし、出てきているのですが、時代を画すような新しい方法が持ち込まれたのは1950年代終わり頃の、R. E. Kalman、R. Bellman、Л. С. Понтрягинらによる「現代制御理論」で、それ以前の理論を区別して「古典制御理論」と呼ばれますが、やはり1960年までには古典制御理論は体系的に完成していたといえるでしょう*1
  • 1960年といえば、IFAC という国際的な学術組織が最初のコングレス(モスクワ)を開催した年であり、国際的に見ても研究者・技術者の組織化が進んだとみることができるでしょう。
  • 寒川武は、東工大機械工学科を卒業して同精密機械研究所の助手として歯車の理論的な研究をしていましたが、アスカニア株式会社のエンジニアとして活動するようになって、戦前における自動制御の第一人者というべき人物となりました。日本科学史学会第47回年会研究発表講演(2000年5月21日)の際の配布資料を参照してください*2

技術の国際的な展開と第二次世界大戦そして戦後

  • 寒川武が勤めたアスカニア株式会社の設立にあたっては、Herbert W. Ziebolz の支援によるところが大きいとみられます。Ziebolz と寒川の関係について、2000年12月12日の火曜日ゼミで発表したレジュメを掲載しておきます。

レジュメの中に「ナチ政権下のドイツに Ziebolz は帰国しなかった」という記述があります。口頭では説明したのですが、ユダヤ人である彼が帰国できる状況ではなかったのです。ところが Ziebolz は、1940年に自分の著書をベルリンの経営者 Max Roux に献呈しています。英文の簡単な献辞と署名だけのものですが、ドイツの古書店で見つけました。東工大附属図書館に保管されている学位論文の署名と筆跡が非常によく似ていおり、ほぼ間違いなく本人によるものでしょう。彼は何を考えてこれをドイツに届けたのでしょうか。

Ziebolz 著書のとびら[クリックで拡大]
  • 戦後、ドイツは分割占領されました。1952年にベルリン(アメリカ占領区域)の Askania-Werke A.G. から『自動制御研究会資料』に寄稿されたものによれば、次のことがわかります。
    • アメリカのアスカニアとは同じ名前でありながら、もはや競合関係にある。
    • ソ連占領区域には同じ名前の別会社が存在するが、(イェナとオーバーコッヘンのツァイスがそうであるように)互いに接触することはない*6
    • 日本のアスカニア株式会社は日本レギュレータ(現在のニレコ)となってアメリカのアスカニアと提携関係を結んでいる*7
  • また、1950年代の広告などから、次のようなこともわかります。
    • 西ベルリンのアスカニアと技術提携していたのは東京機器工業(トキコと改称し、日立製作所に合併)だった*8
  • 日本でアスカニアの技術を継承していたのは上の2社だけではありません。1950年8月にアスカニアのサービスショップとして創業した精立工業(現在の岡谷精立工業)は、現在もアスカニアの油圧噴射管式自動制御装置(その独自改良型を含む)を生産し、戦前の製品であってもメンテナンスを行っています*9
  • アスカニアの油圧噴射管式自動制御装置は、どこで何を制御していたのか、技術の体系と社会との関係はどうなのか、東西ドイツやアメリカのアスカニアはどうなったのか。研究経過の報告として、日本科学史学会技術史分科会での報告を行いました*10
続きます。

書いたもの

  • 「日本における制御工学の形成への寒川武の寄与」『日本科学史学会第47回年会研究発表講演要旨集』p. 51, (2000).
  • 「機械技術者から制御技術者へ 日本における制御工学形成の母胎としての機械工学」 CJICHMT-2000: History of Mechanical Technology (2), Proceedings of the Second China-Japan International Conference on History of Mechanical Technology, China Machine Press, (2000).
  • 資料紹介 W. Petason, "General Situation after the War in Germany, and New Controllers and Meters of Askania-Werke A.G., Berlin (US-Sector)," 『自動制御研究会資料』第45回, (1952).(『技術史』に投稿中)
  • 「日本におけるアスカニア式自動制御装置とヤンソン製作所」『サジアトーレ』35号, pp. 27-32, (2006).
  • 研究ノート「制御工学における高等教育・研究機関の成立−歴史研究への展望」『サジアトーレ』35号, pp. 123-127, (2006).

*1 現代制御理論は、コンピュータが十分に発達していない段階においては、しばしば机上の空論といわれていました。
*2 寒川武の論文原稿を出版のために編集した野本明先生から、GHQ による検閲に配慮して、軍事技術に関する部分は除かれたとうかがっています。
*3 R. Isermann and H. Tolle, "25 Jahre Institut fuer Regelungstechnik an der Technischen Hochschule Darmstadt," Regelungstechnik, vol. 31, no. 4, pp. 138-142, (1983).
*4 佐々木重雄, "ドイツにおける計測制御技術者の養成," 日本機械学会誌, 64巻504号, Jan. 1961, pp. 151-155.
*5 Kurt Reinschke, "Verbindungern ueber das DDR-Territorium hinaus," Dresdener Universitaetsjournal, 20. Jg., Nr. 20, Feb. 2009, S. 4.
*6 野本明先生から、かつて東ドイツから IFAC のコングレスに出席していた人がアスカニアの社員だと名乗っていたということをうかがっています。
*7 ニレコ会長から東工大の研究室に寄贈していただいた社史『ニレコ小史』にもそのように書かれています。
*8 トキコの社史にも書かれていますが、Guido Wünsch (1887-1955) が亡くなった頃からドイツのアスカニアとの関係は希薄になっていったということです。
*9 調査にご協力いただき、現物が動いているところを実際に見せていただくことができました。
*10 文中で「精立工業株式会社が油圧噴射管式自動制御装置の生産を開始した。現在も新規発注を受けている唯一の企業」とありますが、これは当時のアスカニアと完全互換という意味においてです。異なる設計による油圧式自動制御装置の開発・生産を行っている企業は現存します(例えばニレコなど)。

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Last-modified: 2010-02-28 (日) 22:51:08 (2731d)