国立天文台編『理科年表』の「楽音の基本周波数」の記述内容が、2009年版(第82冊, 丸善, 2009, 物76.)で大幅に変わっている。
「国際標準イ = a1 = 440 Hz に基づく十二平均律の音階」という a1 = 440 Hz とされている表に、次のような注釈。
1939年5月ロンドンにおける国際会議で、イ(1点) = a1 とする十二平均率が規定され、独唱、合唱、管弦楽などすべての音楽演奏でこの値を用いるように申し合わせがなされた。しかし現在、音楽関係では主として a1 = 442Hz が用いられている。
2007年版の理科年表(第80冊, 2007, 物76)では同じ表に次のような注釈がついていた。表との関係から、a1 = 440 Hz を意味している。
1939年5月ロンドンにおける国際会議で、イ(1点) = a1 とする十二平均率を規定し、独唱、合唱、管弦楽などすべての音楽演奏でこの値を厳守すべきことが定められた。現在、音楽関係では主としてこの値が用いられている。
これは大違いのような気がする。音楽界に何が起きたのか? それとも理科年表が実態とかけ離れていたのか?
このあたりの事情について、森太郎による説明が日本音響学会のサイトにあった。
現代の楽器を用いる場合でも,440 Hz から幾分外れた周波数が使われることも多いのが現状です。日本のオーケストラの多くは 442 Hz を採用していることが多いようですし,海外のオーケストラの中には 445 Hz や 446 Hz を採用しているところがあります。446 Hz の場合,440 Hz より 26 セントも高い音です。その方が弦楽器の張りが強くなり,よく響くようになる,と主張する音楽家もいます。
そうとは知らなかった。たしかに、国際会議の決定なんかを厳守して演奏する必要はないであろう。
ところでこの1939年5月の国際会議というのは誰が主催して、どんな参加者がいたのか、少し気になる。当時のロンドンといえば第二次世界大戦の直前の状態である。
少しだけ調べてみると、このあたりのことに触れた資料が見つかった。Jonathan Tennenbaum, A Brief History of Musical Tuning, Reprinted from Fidelio Magazine, Vol. 1, No. 1, Winter 1991-92. 気になるパラグラフがある。
The first effort to institutionalize A=440 in fact was a conference organized by Joseph Goebbels in 1939, who had standardized A=440 as the official German pitch. Professor Robert Dussaut of the National Conservatory of Paris told the French press that: “By September 1938, the Accoustic Committee of Radio Berlin requested the British Standard Association to organize a congress in London to adopt internationally the German Radio tuning of 440 periods. This congress did in fact occur in London, a very short time before the war, in May-June 1939. No French composer was invited. The decision to raise the pitch was thus taken without consulting French musicians, and against their will.” The Anglo-Nazi agreement, given the outbreak of war, did not last, so that still A=440 did not stick as a standard pitch.
1939年の(ここには5月から6月と書かれている)会議が Joseph Goebbels によって実質的にオーガナイズされたというのは意外というより驚きである。ナチス時代のドイツ宣伝相ゲッベルスではないか。反対意見をもつフランスの作曲家は招待されなかったとも書かれている。しかし残念なことに、文献をひとつしか参照していないトンデモ論文を拾ってしまったのかもしれないという気にもなる。ただ、書かれていることは気にかかるので、時間があったら少し調べてみたい。ロンドンでの国際会議の記録をどこまで入手できるかにかかっているようにも思う。