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工学部の学生だったころ、第三外国語としてロシア語を履修した。第二外国語はドイツ語で、初級程度は必修なのだが、第三外国語は完全な選択科目だった。

履修の動機は、図書館の書庫にあったキリル文字の雑誌が置かれた場所に立ったとき、文字さえ読むことができず、目の前にある膨大な情報にアクセスできないもどかしさを感じたからだった。

ロシア語を履修する学生は少なく、授業中に怠けることは不可能であった。担当は北九大の戸辺又方(とべ ゆうほう)教授で、教科書は先生自身による『1年生のロシア語 = Мы читаем и говорим по-русски』(白水社, 2000年)であった。履修した当時1年生ではなかったのだが、ロシア語を学ぶものとしては1年生である。出版年からみて私はこの教科書を使ってロシア語を学んだ最初の学生のひとりだと思われる。調べてみると、現在いくつもの大学のシラバスに教科書として指定されているようである。

最初の授業で印象に残っている言葉がある。「ソ連語という言語はありません」というものだった。当時はまだソビエト連邦が存在していたのだが、ソ連における公用語としてのロシア語であって、「ソ連語」という言語が存在するわけではないということである。たしかにそのとおりである。

文字を覚えるのに時間はかからなかった。ギリシャ文字との類似点が多いからである。ギリシャ語を習得していたわけではないが、数式を使うのにギリシャ文字を使うことが多いからである。大学院入試でドイツ語の問題に白紙回答をしたという益川敏英教授も、さすがに数式の中でギリシャ文字は使うであろう。

名詞の性や格変化はドイツ語である程度経験したことに改めて取り組むといった印象があった。苦労はしたが、むしろ楽しかった。

さて、習いたてのロシア語に関する知識を何に使ったか。最初はロシア語からの翻訳を楽に読めるようになったということである。トルストイやドストエフスキーのようなロシアの文豪の作品をかじろうとして、人名に翻弄されて挫折した高校生や大学生は多いのではないだろうか。ロシアではひとりの人物にファーストネーム、愛称、敬称とさまざまな呼び名があって場面により使い分けられるし、同じ家族でも男性と女性で語尾が異なる(固有名詞にも性がある)のだが、それがわかっていないとストーリーについていけない。

ロシア語をひととおり学んで最初に読んだのが、ワロンツォーワ著, 三橋重男訳『コワレフスカヤの生涯-孤独な愛に生きる女流数学者』(東京図書, 1975年)だった。ちょうど科学史や技術史に強い関心を抱くようになっていたころのことだった。

そしてソ連は崩壊した。勉強のためにモスクワで発行されている週刊誌を年間購読していたのだが、発行が一時的に止まって届かなくなった。購読料は前払いだったので少しやきもきしたが、やがて発行は再開された。雑誌そのものは廃棄してしまったが、ソ連崩壊を境に紙質が劣悪なものになったような記憶がある。

Солярис数年たって、アメリカからVHSのビデオをインターネットで購入するようになった。英語字幕のついたタルコフスキー監督の映画を何本も買い込んだ。そんなときに大江健三郎の小説『静かな生活』(講談社, 1990年)とめぐりあった。この中にタルコフスキーの「ストーカー (Сталкер)」をとりあげた章がある(念のために書いておくと、邦題は原作をそのままカタカナにした「ストーカー」であり、映画の中ではロシア語的に「スタルケル」と呼ばれているが、他人につきまとうストーカーとはまったく関係がない)。大江健三郎自身がモデルになっていると思われる、主人公の父親が、キリル文字で「Сталкер」と書いてみせる描写がある。大江健三郎はドストエフスキーを読むためにロシア語を学んだのだろうかと思った。この小説は伊丹十三監督によって映画化されているが、劇中劇を避けたためであろうか、この章は映像になっていない。

タルコフスキー監督の「惑星ソラリス (Солярис)」はアメリカで発売されたVHSのテープを持っていたが、ロシアでDVDが発売されるとすぐに取り寄せた。タルコフスキーも、原作者であるスタニスワフ・レムもこの映画はなかったことにしたいほどの作品だったようだが、少なくとも私は気に入っている。スティーブン・ソダーバーグ監督、ジョージ・クルーニー主演でリメイクされた「ソラリス」よりも見ごたえがあると思う。このDVDには多言語の字幕が付いているが、日本語字幕は過去のものと訳が少し異なっており、たとえば主人公クリスの親友ギバリャンは「物理学者」とされていたものが「生理学者」に訂正されていたりする。

それにしても、QWERTYと似ても似つかないロシア語のキーボード配列にはいまだに慣れておらず、たどたどしくタイピングしている。キートップに貼るシールも市販されているが、夏の暑さでべとべとになって、キーボードに触れること自体がひどく不快になるという経験をしてから、わからないときには横に置いた配列図を見てタイプするようにしている。

Electrification of Russia, 1880-1926

English follows.

前期、火曜日の午後は東京学芸大学での授業があって火ゼミには出席できないのだが、2009年4~7月までの火ゼミの予定を読みなおしてみたら、

6月2日 Jonathan Coopersmith (Texas A&M University) “The Rise and Fall of Faxing: Lessons of Decline”

と書かれている。Jonathan Coopersmith さんとお会いしたのは1990年代の前半、私に直接連絡があって、火ゼミに招いて発表していただくように動いて、火ゼミが終わってから百年記念館で記念写真を撮影し、大岡山の居酒屋へ出かけて行ったような記憶がある。

今週の発表を聴くことはできなかったがファクシミリの歴史のようで、私としても関心のあるところ。以前はロシアの電化について研究書を出版されていた(表紙写真)。

Jonathan Coopersmith, The Electrification of Russia, 1880-1926, Cornell University Press, 1992.

書名にあるように、ロシアの十月革命前からネップ期あたりまでの技術史である。ここで詳しい書評をするつもりはないが、私としてはこの時代が電気工学の形成期でもあるということに着目したい。Charles P. Steinmetz が Lenin にロシアの電化に協力を申し出る手紙を出し、Lenin から謝意を込めた返書を受け取ったということが知られているが、もっと古い時代においては電気工学という体系的な科学は存在しなかったのである。

3月30日には、IEEE Student Branch at Tokyo Institute of Technology主催の講演も開かれていたようだ。

Electrification of Russia and Formation of Electrical Engineering

These days, I cannot attend Kazemi (Seminar on History of Science and Technology almost every Tuesday at Tokyo Institute of Technology) since my classes at Tokyo Gakugei University. I awared a topic in Kazemi schedule in April to July, 2009.

June 2, Jonathan Coopersmith (Texas A & M University) “The Rise and Fall of Faxing: Lessons of Decline”

I had met Prof. Jonathan Coopersmith in early 1990s. He contacted me directly and I arranged his session in Kazemi. After the session, taked pictures in the Centennial Hall, then we have a banquet at a pub in Ookayama.

I cannot attend the session in this week on history of the fax, but also interesting to me. He had previously published a book on the electrification of Russia.

Jonathan Coopersmith, The Electrification of Russia, 1880-1926, Cornell University Press, 1992.

As the book title, it is an history of technology before the October Revolution to the NEP, New Economy Plan, era. It is difficult to review in detail here, but I wish to focus on the time is the formative period of electrical engineering. As is well known, Charles P. Steinmetz wrote a letter to Lenin to offer assistance the electrification of Russia, and Lenin wrote a thanksful reply. At that time, electrical engineering was established based on complex number, however, electrical engineering as a systematic science does not exist in older age.

On the other hand, IEEE Student Branch at Tokyo Institute of Technology hosted a session on March 30.