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前の同郷の著名人というエントリは、実はここへの伏線だった。

日付は変わったが、六本木の映画館で「おっぱいバレー」を観てきた。上映館が少なくなっているので、足を運ぶなら今のうちだと思い、六本木へ出かけたというわけである。原作の小説は読んでいない。

余談であるが、ロケ地の北九州にある小倉コロナワールドではさすがに7月まで上映されている。昨年の夏に弟と甥とともに「インディ・ジョーンズ」を観てきたのだが、上映室が10もある大規模さに驚いた。JR貨物の浜小倉駅跡地に建てられている。

予備知識として知っていたのは、以下のようなことである。

  1. 実話がもとになっているらしい。
  2. 時代設定は1979年、舞台は福岡県北九州市あたりらしい。
  3. 主役とされる女性教師、寺嶋美香子は当時23歳で、主演の綾瀬はるかと同年齢らしい。
  4. 若い女性に人気がある感動作らしい。

私としては 2. が気になっていた。世代的・地域的な当事者であったともいえるからである。バレーボール部員になったことはなかったし、女性の教員が顧問をつとめる部活動にかかわったこともないが、まさに同時代である。

映画館では定員52席のうち、客席の埋まり具合は半分に少し足りない程度。男女比は女性が若干多いくらい。

ところで、2008年の北京オリンピック、バレーボールの試合を見ていて初めて知ったのは、現在のルールでは15点マッチではないということだった。デュースになってサーブ権が移動するばかりの延々と続く試合を避ける方向で、ルール改正が行われたようである。

さて、この映画のクレジットに「バレーボール監修」として大林素子の名前が出ている。妥当な選択と思われるが、個人的には、イタリアから中田久美に帰ってきてほしかったような気もする(個人的な趣味ではない、たぶん。中田は映画に登場するバレーボール部員とほぼ同じ年代の生まれだからであり、大林は少し年下の当時小学生だったのではないかと思われる)。時代として少し前の1977年、バレーボールとは無関係だがモントリオールオリンピックでルーマニアのナディア・コマネチが体操で奇跡的な10点を連発して「白い妖精」と呼ばれていた。体操はこの映画と無関係だが、顧問の先生のおっぱいを見たがるような中学生のことである、レオタード姿に関心を示さないはずはない。しかしこれ以上はネタバレになるので書かない。

映画の撮影にあたっては北九州フィルムコミッションの協力を受けていて、中学生のエキストラなどは市内の中学校から募られていたようである。

私が2004年に撮影した Photo 2004: Kokura Aug 8th の中で、工業地帯の写真のうち、ほぼ同じ煙突のある場所を標高の高いところから撮影されているというシーンが作中に何度かあった。筑豊電鉄は、西日本鉄道北九州線が廃止されたので、雰囲気を出せる路線として起用されたらしい。

試合で勝てば胸を見せるという約束をして部員を奮起させる、というのは教育者の行動としてはたしかに問題がある。しかし彼女には、努力をする経験をしてほしいという希望もあったわけである。この矛盾がどのような結末につながるのか、さすがにここでは書けないが、重要なところである。

それにしても、1979年当時23歳の教師が現在どうしているのか興味はある。お目にかかっておっぱいを拝見しなければならないかである(うそ)。しかし、教員を続けているのであれば定年にはなっていないはずである。

私の生まれは福岡県北九州市小倉区(現在の小倉北区)である。JR小倉駅から西に向かってバスで20分程度のところで育った。ものすごくいい加減な地図であるが、九州における位置関係はだいたいこんなところである。念のためにいえば、小倉は「おぐら」とは読まず、「こくら」と読む。
おおざっぱな九州の地図

小倉出身の著名人として何人かあげておこう。個人としては、松本清張山本リンダ草刈正雄松本零士といったところだろうか。本当は東京出身だが、私と同じ小学校に在学していた土井隆雄宇宙飛行士もいる。架空の人物として「無法松」こと富島松五郎が知られている。法人として、ゼンリンTOTOはよく知られているであろう。

現在は福岡県北九州市であるが、廃藩置県直後において、小倉と門司は小倉県、八幡と戸畑と若松は福岡県に属した。当時の小倉県には、福澤諭吉の出身地である現在の大分県中津も含まれる。江戸時代の小倉は初代から三代まで細川氏が藩主であり、四代以降は小笠原氏である。幕末における長州征伐においては、関門海峡の向こうから長州を攻撃する江戸幕府の拠点となった。また明治から終戦までは陸軍の九州における重要拠点であり、森林太郎(鴎外)が小倉に赴任したり、(結局は長崎に投下された)原子爆弾の攻撃目標になったりもした。

小倉の周辺に目を向けると、日本近現代史においてよく知られているのは、八幡(「はちまん」とは読まない。かつては「やわた」と読まれていたこともあるようだが、現在の行政では「やはた」と読まれている。政治学者・政治家の舛添要一は福岡県立八幡=やはた=高等学校出身)で1901年創業の八幡製鉄所がある。同じ「鉄」でも、国鉄小倉工場(現在のJR九州小倉工場)、また架空の学校として映画「おっぱいバレー」の舞台となった戸畑第三中学校。この映画は実話をもとにしたストーリーだということだが、学校名は架空のものにするとしても本当に戸畑で起きた話なのかどうか不明であるし未見である。

福岡あるいは博多出身の人はあまりにも多いので省略する。上の地図に「大川市」とあるが、ここが「のだめカンタービレ」の野田恵(のだめ)の出身地である。アニメーションの第一シーズンは時折飛ばしてだいたい観たが、最終回で誰かさんが博多駅からタクシーで大川市へ向かうのは無謀である。博多駅の駅員に乗り継ぎの問い合わせをすればよかったのにと思う。

結論? そんなものはない。ただの自己紹介のようなものである。