Archive for July, 2009

インターネット 歴史の一幕:JUNET の誕生(JPNIC ニュースレター No. 29,2005年3月)という記事で引用されている石田晴久の言葉である.

同氏はこの3月に亡くなられた.情報処理学会の機関誌「情報処理」7月号(Vol. 50, No. 7)で「『あの時代』に想いをはせて―証言者達からのメッセージ」という小特集が組まれているが,次のような追悼記事からなっている.

編集にあたって (中川晋一・川合慧)
そこにはいつも,先生の本がありました―出版を通じてのご貢献― (小山透)
情報化時代の幕開け―みんながコンピュータに熱中した時代からのメッセージ― (青山幹雄)
「情報処理」大変革の夜明け前―石田編集長の誕生に向けて― (諏訪基)
INET91,ISOC,INTEROP,IAJ―石田晴久先生とともに (高橋徹)
石田先生から受け継いだもの (砂原秀樹・村井純)

私は同氏と面識もないが,名前を知ったのは大学生の頃で,ブライアン・カーニハンとデニス・リッチーの著書の日本語訳『プログラミング言語 C』を読んだことによる.カーニハンとリッチーの頭文字から K&R と呼ばれる有名な本であるが,前にも書いたように最初は原書を読み,手元に置いてプログラミングをしたいと思い訳書を大学生協で購入した.Cに精通している訳者だけあって読みやすかった.同氏の著作や翻訳はたくさんあるが,専門書であっても読者を惹きつける魅力があった.

ところで,このエントリのタイトル「村井君。3つ以上つながってはじめてネットワークと言うのだよ」という JUNET に関する同氏の発言について,小特集の最後の記事「石田先生から受け継いだもの」にその真意が書かれている(p.658).

村井はJUNETにいろんな組織を参加させようと奔走していたのであるが,「東京大学がやっていないものは研究じゃないでしょ.そんな実験には参加できないよ」と言われて困っていたのだそうである.そんな話を聞きつけた石田先生が,「じゃあ村井君,東大をつなごう」とおっしゃられたのである.

このあたりの事情は,村井純『インターネット「宣言」―急膨張する超モンスターネットワーク』(講談社,1995)にも書かれているが,慶應と東工大の間を接続したところに東大も接続して JUNET が成立したというわけである.同書には初期の JUNET が電気通信事業法のうえで合法的なものかどうか郵政省から明確な回答が得られていなかったとも書かれているのだが,石田氏はそういった実験にも積極的に協力する人物であった.

ここで今になってお悔やみの言葉を述べても意味はないだろうが,同氏の著作は優れているので読んだことのない人にはおすすめしたい.

プロの論文を読む:ソフトウェア工学編
プロの論文を読む:経営学・組織論編
プロの論文を読む:信頼性工学編
につづいて,法学に関する論文を紹介する.連載はこれで一応おわりである.

山本龍彦, 遺伝子プライヴァシーの考察:「遺伝情報」の分類と憲法的位置付け, 法政論叢, Vol. 38, No. 2, pp. 1-24, (2002)

これも論文そのものは,論文タイトルのリンク先(国立情報学研究所)よりPDFで全文を読むことができる.

文系の論文ではしばしば縦組みで出版され,この論文もそうである.本文中に英文が横を向いて挿入されている部分もあるが,そのような伝統である.もちろん,文系でも横組みの出版物はある.

ページ数24+英文要旨1ページのかなり包括的な内容であり,次のような構成となっている.

一 はじめに
二 アメリカにおける議論と「遺伝情報」の類型化
三 DNA 情報領域
(1) 「情報」としての可能性
(2) 「情報」としての限界
(3) 検討
四 DNA 獲得情報
(1) 遺伝子例外主義の立場
(2) 遺伝子例外主義に反対する立場
(3) 検討
五 DNA 指紋 (DNA fingerprint)
六 結語
(末尾に参考文献を含む註66項目,および英文要旨)

この論文は,主として法学の専門家が読む雑誌に掲載されたものであるが,「遺伝情報」という比較的新しい自然科学の領域に関する憲法学的な議論を展開したものである.内容をみていこう.

「一 はじめに」では,序論として遺伝情報の収集・利用に関する憲法的位置づけが必要であり,それが侵害された際の審査基準等について議論する必要があるという課題の設定がなされている.具体的には,遺伝情報に関する権利は,プライバシー権に関する通説である自己情報コントロール権と同様なのか,遺伝情報を従来の情報と同質のものであるのかといったことである.ここで結論がすでに述べられており,遺伝情報ないし遺伝子情報は多義的に捉えるべきもので,
1) 従来の自己情報と異なり憲法上新たな位置づけが必要な「DNA 情報領域」
2) 「プライバシー固有情報」に属する「DNA 獲得情報」
3) 「プライバシー外延情報」に属する「DNA 指紋 (DNA fingerprint)」
という3つに類型化できるとされている.
なお,この論文は憲法学的総論であって,個別具体的な議論や民事法学的な観点からの議論はしないという,課題の限定もおこなっている.

「二 アメリカにおける議論と「遺伝情報」の類型化」では,まずジョージ・アナスにより1993年に発表されたた論文などから,「遺伝情報」が他の自己情報と異なる特段の保護を要するという「遺伝子例外主義」の見解を紹介している.それに対して「遺伝情報」も他の自己情報と同等に扱うべきであるとの批判的見解があることも紹介している.
そして,アメリカにおける議論では「DNA そのもの」と,「DNA 獲得情報」の2段階で議論されているという.ただし,ここで著者は「DNA そのもの」は遺伝子として意味をなす DNA エクソン部分(DNA 獲得情報)と,遺伝的形質には影響を与えず個人の特定や親子確認に用いられる DNA イントロン部分(DNA 指紋 = DNA fingerprint)の別があり,単純な2段階の議論では不十分であるという見解も示している.

「三 DNA 情報領域」では,DNA エクソン部分について論じられている.この DNA 情報領域について次のような3段階の議論がなされている.
(1)「情報」たりうるという可能性を認めて,自己情報のコントロール対象と認識できることを重視すべきとの考えが示されている.
(2) その一方で,自己情報コントロール権の前提たる「情報」としては,3つの点において限界(本質的限界・主体的コントロール性の限界・生命倫理的観点からの限界)があるという考えが示されている.
(3) それぞれの見方を対比して,DNA 情報領域が古典的プライバシーにおける私的領域としての性質を有するとの見解を示している.また,DNA 情報領域が高度のセンシティブ性から日本国憲法第13条(幸福追求の権利)を根拠としてきた自己情報コントロール権による保護されうるかという論点があることも表明し,第19条(思想および良心の自由)による保護も検討に値するとされている.

「四 DNA 獲得情報」では,DNA 情報領域から得られる遺伝的形質に関する自己情報である.ここでは,DNA 獲得情報を独自的・例外的にあつかうべきとする立場(遺伝子例外主義)とそれを批判する見解が対比されている.
(1) 遺伝子例外主義の根拠として次の3点が挙げられている.
a) 遺伝子疾患に罹患することについての予見可能性が第三者に知られること.
b) 血縁者や類似の人種など,遺伝的近親者の間で遺伝情報が共有されることにより個人のアイデンティティが弱められること.
c) 遺伝的形質による差別やスティグマ化(レッテル貼り)に使われるおそれがあること.
(2) 遺伝子例外主義に対する批判的立場からは,それぞれの点について次のように主張されているとされている.
a) 遺伝的でない疾患についても予見可能性はあること.
b) 遺伝的近親者の健康上の利益も考慮されるべきであること.
c) 遺伝情報でない一般の医療情報もスティグマ化に使われうるものであり,DNA 獲得情報のみを例外とするのは不合理である.
(3) 双方の立場による主張を検討した結果,DNA 獲得情報に関しては他の一般的医療情報と同等のものとみなすことができるという見解がとられている.また,DNA 情報領域と DNA 獲得情報を区別するという著者の見解に対して想定される批判に,あらかじめ反論がなされている.

「五 DNA 指紋 (DNA fingerprint)」
遺伝的形質とは無関係な DNA 指紋については,遺伝との直接的関係はなく個人を識別する情報として扱われ,従来の指先の指紋と同様にプライバシー外延情報と位置づけるのが妥当との考えが示されている.

「六 結語」
著者は遺伝情報を DNA 情報領域,DNA 獲得領域,DNA 指紋に分類し,DNA 情報領域のみが従来のプライバシー概念すなわち自己情報コントロール権の枠組みになじまず,DNA 獲得領域と DNA 指紋については従来の枠組みで議論できるとの考えるに至った.異なる議論はあるかもしれないが,今後も詳細な検討を続けるとしている.最後に,遺伝情報の多義性に言及して,遺伝情報の類型化は不可欠であることが強調されている.

以上のような内容であるが,相反する意見を慎重に検討して自説を導き出すプロセスがわかる論文であるといえよう.

ところで,「遺伝情報」あるいは「情報」などに関する法学的な定義づけが議論の途上にあることもわかる.工学的な情報理論においては,クロード・シャノンによる「情報量」の定義づけがおこなわれたが,「情報」の定義はなされていない.人文・社会科学領域も含む情報学においても情報の定義については議論の途上にある.法学における学説上の議論は立法や法解釈にも影響を与えるものであり,情報学の観点からも注目すべき論点である.また,法学者・法曹家のようないわゆる文系の専門家も,自然科学や工学の発展にともなう議論・研究をしなければならないという例であるともいえる.

プロの論文を読む:ソフトウェア工学編
プロの論文を読む:経営学・組織論編
につづいて,信頼性工学の学会誌に掲載された部品の論文を紹介する.

田村高志, 宇宙開発のキーを握る部品問題, 日本信頼性学会誌:信頼性, Vol. 30, No. 5, pp. 420-425, (2008)

著者はJAXAの技術開発をになう研究者である.論文そのものは,論文タイトルのリンク先(国立情報学研究所)よりPDFで全文を読むことができる.内容は次のとおりで,冒頭に概要が付いている.

概要
1. はじめに
2. 宇宙用部品とは
3. 宇宙用部品の課題と対策
(1) 輸入部品の入手性
(2) 部品の品質
(3) 国産部品の入手性
(4) 鉛フリー化への対応
4. 課題への対応
(1) 入手性の改善
(2) 品質確保
5. まとめ
参考文献

概要の最後の部分で「本稿では,宇宙開発のキーとも言える部品問題に焦点を当て,現状の課題と将来に備えるための方策について述べる.」と書かれているとおりであるが,ここで部品と呼ばれているものは,全文を読めばわかるようにおおむね電気・電子部品である.

以下,補足説明をまじえながら節ごとに要約してみる.

第1節は,文字通りの序論である.まず宇宙開発に関する状況を説明し,ロケットや人工衛星に用いられる電気・電子部品のあり方について課題があり,今後10年間の見通しを検討するとしている.

第2節では,まずロケットや人工衛星に用いられる電子部品が特殊であり「宇宙用部品」と呼ばれること,世界の多くでアメリカの軍用規格 (MIL) にもとづく部品が使われていることを説明している.それから,「宇宙用部品」に要求される信頼性をミッション期間(たとえばロケットは衛星を打ち上げれば数時間でミッションを終え,用途によるが人工衛星はそれよりも長く使われ,宇宙ステーションはさらに長期間使われる)と電子部品・回路の先端性・複雑性によって異なることが3軸の図で示されている.また,宇宙では放射線を受けるということから,最新のマイクロプロセッサから数年遅れで耐放射線性マイクロプロセッサの開発がおこなわれていることを紹介している.また,欧州連合によって電気・電子危機への有害物質(重金属等)の使用禁止指令(RoHS 指令)により「鉛フリー化」への対応が迫られることを指摘している.さらに,「宇宙用部品」の市場規模が非常に小さく,調達が困難になってきていることと信頼性を確保することが課題であることを明らかにしている.

第3節では,実際の開発経験から4つの課題を挙げている.
(1) 「宇宙用部品」の多くがアメリカ軍用規格品であることから,部品が武器流通とみなされ,納期の遅れや技術情報の入手が困難であることなど.
(2) 一般的な半導体部品の多くがプラスチックでモールドされた形で製造されているのに対して,「宇宙用部品」の多くは古くからある金属の容器に収める CAN 封止タイプ,セラミック封止タイプであり,生産設備の老朽化などの問題があることなど.
(3) 輸入に依存しないために国内業界に協力を得られるかというと,市場規模等の問題から,厳しい状況にあること.
(4) 現在のところ「宇宙用部品」は RoHS 指令の対象外ではあるが,部品業界が鉛フリー化を進めている状況のもとでは「宇宙用部品」にも影響があること.

第4節では,それまでに挙げた諸課題が,継続的な入手ルートの確立と品質確保の2点に集約されるとしたうえで,具体的対応が述べられている.
(1) 入手性については,欧州の動きを見ながら欧州域内での,最初に開発されたオリジナル部品と互換性があるセカンドソース部品の有効活用,および重要部品については国内での継続的確保が必要であるとしている.
(2) 調達した部品の品質については「オールジャパンの体制づくり」が必要であるとし,ハードウェア的な部品実装技術の高度化や堅牢 (rubust) な設計などの技術開発が望まれるとしている.

第5節は結論である.まず調達する立場から,各種の人工衛星に対してそれぞれ適切な部品の要件を規定すること.国内の宇宙産業界による品質確保とコストダウン,および国内電子部品業界が協力しやすい環境をつくることの重要性を強調して締めくくっている.

以上みてきたように,この論文は純粋に技術的な議論ではなく,部品の生産・調達および品質に関する現状をふまえ,問題点を明確にして,業界に対する呼びかけも含めた対応策を提言するものとなっている.

プロの論文を読む:ソフトウェア工学編に続いて社会科学の分野から,チャレンジャー号とコロンビア号の二度にわたるスペースシャトル事故を例として,組織と経営責任に関する検討がなされた論文を読んでみる.

桑田耕太郎, 組織理論と経営者の責任:スペースシャトル事故の分析を通じて, 成城大学経済研究, No. 179, pp. 47-72, (2008)

論文は掲載誌タイトルのリンク先である成城大学経済学部のサイトから全文を PDF で入手できる.総ページ数は26とやや長いが,アメリカ政府による調査報告書や関連資料を使って,事故の詳細な分析がなされており,専門家でなくとも読みやすい内容となっている.内容は次のとおりである.

(序論)
1. チャレンジャー号の爆発事故
NASAの安全管理組織
2. コロンビア号の爆発事故
3. なぜ大事故が起きるまで,組織は学習しないのか?
3-1. 「安全」に関する認識の差異
3-2. 「安全空間」の概念
3-3. 組織学習の効果
4. 組織理論と経営者の責任
[註]
参考文献

要約する.

まず,序論で現代社会における組織の経営者の果たすべき役割・責任が重くなっていることを指摘し,事故調査委員会の報告書などをもとに,事故と組織的要因の関係,経営者の責任について考察するという課題設定をおこなっている.

本論第1節では,1986年にチャレンジャー号打ち上げ直後の爆発事故について述べられている.スペースシャトルの部品を製造しているメーカーの技術者は,低い気温のもとでの打ち上げ中止を勧告していたにもかかわらず,NASAが打ち上げを決行した結果,チャレンジャー号は爆発して乗組員7名は全員死亡した.打ち上げを延期させることができなかったのはNASAの組織構造にあると指摘されている.部品メーカーの経営者は技術者の意見に敏感ではあったが,最終的には大きな取引先であるNASAの意向に沿う行動をとった.

本論第2節では,2003年にコロンビア号が大気圏再突入の際に空中分解した事故について述べられている.これも乗組員7名全員死亡という惨事であった.事故の直接的原因は左翼の断熱材が破損して大気との摩擦熱で翼が高温となり破壊されたこと,そしてNASAは打ち上げ直後に断熱材破損を知っていながら対応策を講じなかったことがあげられている.このような断熱材破損は本来あってはならないことだが,実はそれまでにも断熱材破損を起こしたスペースシャトルが帰還しているということから,安全性に対するルール違反が常態化していたという.

本論第3節では,コロンビア号の事故調査報告書がNASAの組織文化にあることを紹介し,「安全」に関する認識が技術者と経営陣の間で異なっていたこと,経営陣からの無理な要求に技術者がなんとか応じて成果を出してきたことなどが指摘されている.

本論第4節は結論ともいえる.このような経営者と技術者の認識構造に違いが生じることはNASAに限ったことではなく,分業によって成り立っている組織においては必然的な特徴であるとされている.そして,経営者は組織の行動やメカニズムを理解しなければならないとしている.

参考文献のリストは,社会科学でよく用いられる「シカゴ・マニュアル」に従ったもので,著者の姓のアルファベット順(欧米人も姓をはじめに書き,ファーストネームはカンマの後にイニシャルを書く)となっている.本文中ではパーレン(=丸かっこ)の中に著者名と発行年で文献を特定できるようにしている.

さて,実はスペースシャトルの事故に関する論文・著作は非常にたくさんある.そんな中でもこの論文は,事故原因を解明するということを主目的としたものではなく,事故調査委員会などによって明らかにされたことをもとにNASAの組織について論じ,そこから一般的な組織論を展開するというものである.いわば,社会科学の学説を事例によって裏付けようという試みともいえる.

前に書いた大学における学生のレポート・論文というエントリで,「プロの論文」とされているものを「論文ではない」という指摘をしたが,ではどんな論文が「プロの論文」といえるのか? ソフトウェア工学の分野におけるプロの論文を読んでみよう.

ここでとりあげる論文は,Craig Larman and Victor R. Basili, Iterative and Incremental Development: A Brief History, Computer, Vol. 36, No. 6, pp. 47-56, (June 2003) である.ここで pp. というのは p. の複数形で,複数ページにまたがる文献を特定するために用いられる記号である.卒業論文は単著が普通だが,この論文はソフトウェア開発の歴史に触れたもので,よく読まれている有益性の高いものであるからとりあげる(Agile Alliance のページから本文へのリンクがあるようだが,これを書いている時点で www2.umassd.edu へのアクセスができないため,図書館で読むか IEEE Computer Society のサイトで入手する必要がある).

論文やレポートは誰に読んでもらうのかを意識して書かなければならない.この論文が掲載された雑誌 Computer は IEEE Computer Society の会員はみな受け取るようになっているもので,広い範囲におよぶコンピュータの専門家が対象読者である.したがって,ある程度専門的ではあるがソフトウェア工学の専門家だけを対象として書かれているわけではなく,学術論文というより技術的な解説記事という性格が強い.

内容・構成は次のように,序論と時代別の本論,そして結論へと結びつくかたちとなっている.
(Introduction) — 何について論じるのかを明確にしている
PRE-1970
THE SEVENTIES
THE EIGHTIES
1990 TO THE PRESENT
(Conclusion) — 結論
References — 参考文献リスト

この論文では独自の視点でソフトウェア開発の歴史をとらえている.ソフトウェア開発の方法として反復型開発 (interactive and incremental development, IID) が単純にウォーターフォール開発に単純にとってかわるものではなく,実は初期のソフトウェア開発でとられていた方法であることを明らかにしている.そして,ウォーターフォール開発がアメリカ国防総省の標準化によって固定化され,それによって生じた行き詰まりを打開するために再び反復型開発が用いられるようになったというわけである.

10ページの論文において45の文献が参照されている.歴史的事実や論拠を明らかにするために必要なものが選びぬかれており,十分な調査にもとづくものであることがわかる.

なお,専門家が読むことを前提とした論文では参考文献リストに記す雑誌名を略記することがしばしばある.たとえば次のようなものである.対象読者が専門家でない場合にはこのように略記しないほうがよい.
Proceedings → Proc.
Journal of Systems and Software → J. Systems and Software
IBM Systems Journal → IBM Systems J.
Communications of the ACM → Comm. ACM
IEEE Transactions on Software Engineering → IEEE Trans. Software Eng.
ACM Software Engineering → ACM Software Eng.
IEEE Annals of the History of Computing → IEEE Ann. Hist. Comput.
情報処理学会論文誌 → 情処論
情報処理学会研究報告 → 情処技報
電子情報通信学会誌 → 信学誌
電子情報通信学会論文誌 → 信学論
電子情報通信学会技術研究報告 → 信学技報
電気学会誌 → 電学誌
電気学会論文誌 → 電学論

参考文献は多ければよいというものではなく,ましてや「こんなにたくさんの文献を読みました」と自慢するためのリストでもない.ただ,確かな議論を展開するために必要なものを使えばよいのである.ウィキペディアでも,論拠がはっきりしない記述に [要出典] のタグが付けられているのを見かけるが,それと同じことである.

最後に,英語で書いてあるから読めませんという声が聞こえそうなのだが,辞書があればそれほど難しい英語で書かれているわけではないので努力してほしい.ソフトウェア開発の現場でも,あることを調べようとしたときに英語の文献しか存在しないことは珍しくないのが実態である.

うちのネコが使っている段ボール製の爪みがき板が古くなってきたので新しいものに交換した.この類の商品には,小さな袋に入ったマタタビの粉末が同梱されている.

爪みがき板にマタタビの粉末をふりかけて置いてみると,匂いをかいだりなめたり.

cat smelling silver vine

しばらくたつと,うっとりしてしまう.

cat la-la-land

ビデオ撮影すればよかった.

スティーヴン・ダルドリー監督の愛を読むひと(原題 The Reader,小説の原題と映画のドイツ語版タイトルはDie Vorleser)が劇場公開されている.原作の小説も映画も未見なので,予告編でわかること以上のことは書けない.単純な恋愛映画ではなく,深刻な過去と向き合わなければならない人間を描いているようである.

ドイツの過去といえば,ナチス政権下の「国家反逆罪」 名誉回復へ新法 来月成立 左翼党、与党動かす(2009年7月4日)というニュース.国内ではほかに同様の記事が見つからなかった.

ナチス政権のもとで行われた裁判で,ヒトラー暗殺計画に加担したことによって有罪とされた人の中にディートリッヒ・ボンヘッファーがいた.1945年4月9日,ドイツ降伏の直前に処刑された神学者・牧師である.彼が直接の「実行犯」になるはずではなく,対外的な連絡活動などを担当したのであるが,組織の一員であったことは事実である.聖職者が暗殺というのは考えにくいことであるが,彼の倫理観では限界状況のもとで自ら罪を負ってでもヒトラーの独裁を放置することはできないのであった.

ボンヘッファーの名誉が回復されていない,つまり判決は現在でも有効であるという話は何年か前に聞いたことがある.これでようやく名誉回復となるのであろうか.

追記(2009年7月7日)
海外での報道記事.

APによって配信された記事,たとえば
Germany to overturn Nazi treason convictions
(1 Jan 2009) には,

In 1996, for example, Berlin justice officials formally exonerated the Rev. Dietrich Bonhoeffer, who was hanged in Bavaria in April 1945 for his role in plotting the attempted assassination of Hitler. The ruling also covered other resistance figures, including Adm. Wilhelm Canaris, who was sentenced and hanged with Bonhoeffer.

と書かれている.しかし,「本当か?」という気がする.

たしかに,After 50 Years, German Court Exonerates Anti-Hitler Pastor (16 Aug 1996) という記事はあるのだが,これが事実として a Berlin court とはベルリンのどの裁判所を指すのかはっきりせず,同じことを報じたドイツ語による記事が見あたらない.また,仮にこの記事に書かれていることが事実としても,ボンヘッファーの名誉回復がいまだなされておらず,その議論のために日本ボンヘッファー研究会がドイツからの訪問者とを迎えたいう話を聞いたのは2000年代に入ってからのことである.

ドイツ発の記事.Endlich fällt das ‘letzte Tabu’ bei der Aufarbeitung der NS-Geschichte (2 Jul 2009) はこの件に関する政党間の関係を,当事者である左翼党の立場で論じている.

もうひとつ,Will Germany Finally Rehabilitate Nazi-Era ‘Traitors’? (28 Jan 2009) は「ワルキューレ」に言及している.ボンヘッファーも「ワルキューレ」の関係者だったのである.

追記(2009年7月8日)
少しよく調べて,1996年のボンヘッファー名誉回復に関するドイツ語の報道記事を見つけた.Dietrich Bonhoeffer ist rehabilitiert (7 Aug 1996) によると,ベルリン地方裁判所による1945年の判決撤回という内容.

もうひとつ,Preußische Nachhilfe für Bayerns Justiz (8 Aug 1996) には次のような記述がある.

Das Urteil sei bereits durch das bayerische Gesetz Nr. 21 vom Mai 1946 aufgehoben gewesen.

すなわち,1945年の判決はバイエルンの裁判所(1946年5月の21号判決)ですでに取り消されているとも書かれている.

これ以上は公文書を調べないとわからないように思えてきた.

NHK ニュース7のキャスターである武田真一アナウンサー(「たけだ しんいち」と思い込んでいたが「たけた しんいち」が正しいらしい)によるブログのエントリ思いを込めて(2009年4月30日)で3月13日放送のブルートレイン引退のニュースに触れてこのように書いている.

この列車には、ちょっと、思い入れがあります。
大学へ進むとき、熊本からこの列車で上京しました。
飛行機のほうがずっと早かったのですが、初めてふるさとを離れる感慨を、
ゆっくり味わってみたかったのです。

この気持ちはわかる.私も上京する時に飛行機でも新幹線でもなく,わざわざブルートレイン(あさかぜ)に乗ったのである.

熊本といえば,同番組ニュースリーダーである内藤裕子アナウンサーの「初任地のエピソード」に熊本放送局の頃のことが書かれている.

初めてのラジオリポート制作で、1人録音機をかついで「肥後三郎弓」を作っている方のお話しを聞きに行った。

「録音機をかついで」というとソニーのデンスケ(たとえばこのようなもの,フルトラック・モノラル,テープスピードは19 cm/min.)ではないかと思われるが,1999年入局なのでオープンリールのデンスケではなく業務用のカセットデンスケかもしれない.ただ,これはあまり重くない(私が個人的に持っていた古い民生用のTC-2860SDというカセットデンスケはそれなりに重かった).「かついで」というのだからDATレコーダやさらに小さなICレコーダなどではないように思う.ただ,1990年代に録音用の媒体が大きく変化しているのでどんなものなのか気にはなる.ソニーが現在も販売している業務用録音機の記録媒体には半導体が使われている.

実はもうひとつ気になることがある.ウィキペディアの記事内藤裕子(2009年7月4日現在)には「身長は174.2㎝」と,ミリ単位で記載されている.身長は本人が番組中で明かしたものかもしれないが,いくらなんでも細かすぎるように思う.

録音機,テープレコーダーといえば起源をどこまでさかのぼるかによるが,ドイツ人 Frits Pfleumer によって発明され,AEGによって改良された Magnetophon によって一応の完成とみなせると思われる.ついでにいえば,テープレコーダのことをロシア語で Магнитофон (マグニタフォン,ラテン文字で書くと Magnetofon)というのだが,これは Magnetophon に由来するのではないだろうか.そのうち確認しておこう.

ところで,前に書いた古巣の中学校の隣はNHKの放送局であった(2004年に見た時には取り壊され,こんなふうに更地となり近くの複合ビルに移っていた).オープンリールのデンスケをかついだ職員が出入りするところも何度か見た.放送局の敷地を塀の上からのぞくと,廃棄処分されたらしい面白そうなものがころがっていることがあり,勝手に持ち帰ってはいけないと思って「捨てるんだったらください」とお願いして頂戴したものもあった.東京には秋葉原があり,もうさすがに恥ずかしいので,渋谷の放送センターでそんなことはしていない.

泳ぐ宇宙飛行士のつづき.

ガガーリンについては,とてつもなくよく調べている人がいる.「地球は青かった」という言葉についてはとくに丹念に調べられている.

日本人宇宙飛行士による有名な言葉として,秋山豊寛による有名な言葉があげられるのではないだろうか.TBSという民間放送局の社内で選抜されて宇宙飛行士となり,ソユーズTM-11でミール宇宙ステーションへ移乗して宇宙滞在,先にドッキングしていたソユーズTM-10で帰還.地球へのテレビ中継が始まって第一声が,

これ,本番ですか?

である.ジャーナリストらしく考えられたユーモアともとれるが,本心だったのかもしれない.彼はTBSを退職して農業を営むようになったが,宇宙飛行士としての自覚をもったまま地上で活動を続けているようにみえる.

この際なので,秋山豊寛が日本人初の宇宙飛行士であるかどうかということについて見解が分かれているようなので整理しておく.秋山豊寛は日本人として最初に宇宙飛行をしたが,それは宇宙船の「乗客」としてであって宇宙飛行士としてではないという見解について.彼は星の街で正規の宇宙飛行士 (космонавт) として正規の訓練コースを修了して宇宙船に搭乗したので,日本人初の宇宙飛行士ということに間違いはない.それよりも前に,宇宙開発事業団(現在は組織統合されてJAXA)の毛利衛向井千秋土井隆雄がNASAの宇宙飛行士(あるいはミッションスペシャリスト)の有資格者になってスペースシャトルに搭乗する予定であったが,チャレンジャー号の爆発事故によりスペースシャトル計画自体が大幅に遅れ,結果として最初に宇宙飛行をした日本人宇宙飛行士は秋山豊寛ということでおしまい.

それから,ガガーリンは地球を見ていないという説があるらしい件.このような回答をした人がいるので,それを支持する.

この流言のきっかけは、2000年3月にNHKが日本国内に放送したアメリカ製作のドキュメンタリーです。… ボストークには光学窓があるのでガガーリンは地球の蒼さが見えたでしょう。(回答者:abyssinian)

この番組は見ていないが,たしかに窓はあって地球を視覚でとらえることができたはずである.ガガーリンが「神はいなかった」と言ったとか言わなかったとかいう話に興味はないのだが,アポロ15号で創世記の石 (Genesis Rock) と呼ばれる鉱物を採集してきたジェームズ・アーウィンはキリスト教の聖職者になった.

前のエントリでNHKのドラマふたつのスピカのキャストが若いと書いたが,ふりかえってみればガガーリンが宇宙を飛んだとき,彼は27歳.訓練機による墜落事故で死亡したのは34歳のときである.若い.

「無限のかなたへ」(日本語吹き替え:所ジョージ)という台詞で有名なトイ・ストーリーのバズ・ライトイヤーには,モデルとなる人物が存在する.月面に立った二人目の地球人,バズ・オルドリンである(写真提供:NASA).
Buzz Aldrin on the Moon

オルドリンのウェブサイトにあるFAQでは,

Did Buzz Aldrin inspire the Disney character Buzz Lightyear?

という問いに対して明確に “Yes” と答えている.ともあれ,バズ・オルドリンとバズ・ライトイヤーは良好な関係にあるらしい.

バズ・ライトイヤーは「飛んでいない,落ちているだけだ」とウッディに言われたりしているが,自分のことをスペースレンジャーの一員だと信じていた.しかし,自分がおもちゃであることを知って落ち込む.しかし,なかなかどうして活躍し,独立したテレビシリーズスペース・レンジャー バズ・ライトイヤーの主役をつとめたり,国際宇宙ステーションへの飛行を実現したりしている.

ところでバズ・オルドリンは,アポロ11号の月面着陸によって世界的な注目を集めたが,あわせてうつ病,アルコール依存症,離婚という苦労を味わうこととなった(Robert Epstein, Buzz Aldrin: Down to Earth, Psychology Today, 2001.).今はそうしたことを乗り越えて幸せなのではないかという気がする.

前述のチャレンジャー号 (STS-51-L) 爆発事故は,順調であるかのように見える打ち上げからこの動画のように突然の爆発で,宇宙飛行士7名全員死亡という衝撃的なものであった.この事故などをきっかけに,アメリカの大学工学系学部で Engineering Ethics の授業がおこなわれるようになった.また,大江健三郎にとっておそらく初めてのSF小説治療塔(岩波書店,1990,講談社文庫,2008)にもこの事故に関する描写がある.

ちょっとだけ,日本人宇宙飛行士について「それから」ではなく「それまで」を見ておこう.山崎直子「宇宙戦艦ヤマト」のアニメに影響を受け,大きくなったら 「先生」や「ディズニーランドのお姉さん」になりたいと思っていたらしいが,「きっかけはチャレンジャー号の事故」とも書かれている.星出彰彦は,「銀河鉄道999 」,「宇宙戦艦ヤマト」,「スタートレック」などを見て宇宙にあこがれていたという.古川聡小さいころは「ウルトラセブン」になりたいと本気で思っていた(注:「あこがれはウルトラマン」という見出しは誤りである)とまでいう.野口聡一は,宇宙を舞台にしたアニメなどは見ていたが,それだけではまだ宇宙飛行士になりたいと思っておらず,高校生の時にスペースシャトルの初飛行を見て「これからは普通の技術者でも宇宙で活躍できる」と考えたそうである.オタクだらけのようにも見えるが,子どもが普通見ていそうなものを見ているだけだと思う.