Archive for the ‘音楽’ Category

3年間通学した母校の北九州市立思永中学校について.

このサイトを見ると,今年度から新校舎での授業が始まったことがわかるが,それ以外に市民への温水プールの公開もおこなわれているとのことである.これはよいことだと思う.

あの当時,水泳部が存在したのかどうかよく憶えていないが,温水プールはなかった.渇水による給水制限で,その夏は水泳の授業がなくなったことを確かに記憶している.暑い夏であった.

校舎の建て替えで気になるのは音楽室である.私が中学生だったころ,音楽室のスピーカーはAltec Lancing A7(もしかしたらエンクロージャはAltec製ではないかもしれないが,内部のユニットは本物である)であって,これで1年生はアントニオ・ヴィヴァルディの「四季」とか,3年生はベドルジハ・スメタナの「モルダウ」などを鑑賞する授業などを受けていた.曲が決まっているのは,文部省学習指導要領に定められていたためである.

ちなみに,アンプは6CA7(同等のEL34というドイツ・テレフンケンによるものかもしれない)と呼ばれる真空管を出力管としたものであった.かなり贅沢な環境だったように思う.CDはそもそもなかった.あのような機器はどうなってしまったのか気にはなる.

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国立天文台編『理科年表』の「楽音の基本周波数」の記述内容が、2009年版(第82冊, 丸善, 2009, 物76.)で大幅に変わっている。

「国際標準イ = a1 = 440 Hz に基づく十二平均律の音階」という a1 = 440 Hz とされている表に、次のような注釈。

1939年5月ロンドンにおける国際会議で、イ(1点) = a1 とする十二平均率が規定され、独唱、合唱、管弦楽などすべての音楽演奏でこの値を用いるように申し合わせがなされた。しかし現在、音楽関係では主として a1 = 442Hz が用いられている。

2007年版の理科年表(第80冊, 2007, 物76)では同じ表に次のような注釈がついていた。表との関係から、a1 = 440 Hz を意味している。

1939年5月ロンドンにおける国際会議で、イ(1点) = a1 とする十二平均率を規定し、独唱、合唱、管弦楽などすべての音楽演奏でこの値を厳守すべきことが定められた。現在、音楽関係では主としてこの値が用いられている。

これは大違いのような気がする。音楽界に何が起きたのか? それとも理科年表が実態とかけ離れていたのか?

このあたりの事情について、森太郎による説明日本音響学会のサイトにあった。

現代の楽器を用いる場合でも,440 Hz から幾分外れた周波数が使われることも多いのが現状です。日本のオーケストラの多くは 442 Hz を採用していることが多いようですし,海外のオーケストラの中には 445 Hz や 446 Hz を採用しているところがあります。446 Hz の場合,440 Hz より 26 セントも高い音です。その方が弦楽器の張りが強くなり,よく響くようになる,と主張する音楽家もいます。

そうとは知らなかった。たしかに、国際会議の決定なんかを厳守して演奏する必要はないであろう。

ところでこの1939年5月の国際会議というのは誰が主催して、どんな参加者がいたのか、少し気になる。当時のロンドンといえば第二次世界大戦の直前の状態である。

少しだけ調べてみると、このあたりのことに触れた資料が見つかった。Jonathan Tennenbaum, A Brief History of Musical Tuning, Reprinted from Fidelio Magazine, Vol. 1, No. 1, Winter 1991-92. 気になるパラグラフがある。

The first effort to institutionalize A=440 in fact was a conference organized by Joseph Goebbels in 1939, who had standardized A=440 as the official German pitch. Professor Robert Dussaut of the National Conservatory of Paris told the French press that: “By September 1938, the Accoustic Committee of Radio Berlin requested the British Standard Association to organize a congress in London to adopt internationally the German Radio tuning of 440 periods. This congress did in fact occur in London, a very short time before the war, in May-June 1939. No French composer was invited. The decision to raise the pitch was thus taken without consulting French musicians, and against their will.” The Anglo-Nazi agreement, given the outbreak of war, did not last, so that still A=440 did not stick as a standard pitch.

1939年の(ここには5月から6月と書かれている)会議が Joseph Goebbels によって実質的にオーガナイズされたというのは意外というより驚きである。ナチス時代のドイツ宣伝相ゲッベルスではないか。反対意見をもつフランスの作曲家は招待されなかったとも書かれている。しかし残念なことに、文献をひとつしか参照していないトンデモ論文を拾ってしまったのかもしれないという気にもなる。ただ、書かれていることは気にかかるので、時間があったら少し調べてみたい。ロンドンでの国際会議の記録をどこまで入手できるかにかかっているようにも思う。

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NHKニュース7を見ていたら、このニュースに目がとまった。

内陸地震1年 栗原市で追悼式
6月14日 12時44分
15人が死亡、8人が行方不明となっている岩手・宮城内陸地震から14日で1年になります。大きな被害を受けた宮城県栗原市では、およそ1300人が出席して、犠牲になった人たちの追悼式が開かれました。

追悼式の式場で「主よ、人の望みの喜びを」として知られる BWV 147 の第10曲が、歌のないピアノ演奏で流れていることが伝わってきた。

歌詞は次のとおり。著作権ははるか昔に切れている。

»Jesu, meiner Seelen Wonne«, 16

Jesus bleibet meine Freude,
Meines Herzens Trost und Saft,
Jesus wehret allem Leide,
Er ist meines Lebens Kraft,
Meiner Augen Lust und Sonne,
Meiner Seele Schatz und Wonne;
Darum laß ich Jesum nicht
Aus dem Herzen und Gesicht.

YouTube で、どこの教会における演奏なのかよくわからないのだが、主よ、人の望みの喜びをの映像を見つけた。ステージでの演奏もある。個人的には村治佳織によるギター独奏もいいと思う。

しかし、この曲は追悼式にふさわしいものなのだろうか。すぐに思いつくのは賛美歌320番(主よ、みもとに近づかん)である。アニメーションの「フランダースの犬」でネロとパトラッシュが天国へ旅立つ場面で使われ、また沈没しつつあるタイタニックで、楽士たちが避難しようとした足を止めて、あらためて演奏された曲でもある。悲しすぎる曲のような気もするが、実際に悲しい出来事である。

あまりだらだらと書くのはよそう。

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ここに、小室等のCDシングルがある。
ベラルーシの少女/雨のベラルーシ
作詞・作曲:小室等、訳詞:ニコライ・ドミトリエフ 山崎瞳、補訳詞:ORIGA(1996年にフォーライフよりリリース、頒布元は日本チェルノブイリ連帯基金)

JASRAC の作品データベースで調べると、

作品コード 027-8827-6 ベラルーシの少女(ロシア語訳詞)
権利者 識別 信託状況 所属団体
1 小室 等 作詞 全信託 JASRAC
2 ニコライ・ドミイトリエフ 訳詞 無信託
3 山崎 瞳 訳詞 無信託
4 小室 等 作曲 全信託 JASRAC
5 サンライズミュージック 出版者 全信託 JASRAC

ということで、補訳詞の ORIGA とはどこの誰さんなのかわからないままだが、この歌はもしかしてベラルーシ語で歌われているのではないかという長年の疑問は晴れてロシア語であることがはっきりした。

日本語の原詞はこのCDジャケット裏に印刷されているが、小室等はロシア語で歌っている。原詞に「五月のベラルーシ」というフレーズがたびたび出てくるのだが、なぜ五月なのだろうか。

このCDはチェルノブイリ原子力発電所4号炉の炉心溶融・爆発という大事故で被害を受けた子どものための寄付金込みで頒布された。事故が起きたのは1986年4月26日のことである。発電所はウクライナにあったが、ベラルーシやロシアなど近隣の地域は強い放射能によって汚染された。事態の収拾は容易ではなく、「五月のベラルーシ」というのは事故による被害の「急性期」を意味するのではないかと思う。

この事故の影響を受けてベラルーシからロシアに移住した夫婦がいた。Мария Юрьевна Шарапова (愛称 Маша)の両親であった。彼女が生まれたのは1987年4月19日、事故からおよそ1年がたったころのシベリアである(ベラルーシではなくロシア国籍なのはこのため)。最近の全仏オープンでは準々決勝敗退したが、その前の4月には国連開発計画を通じて彼女なりの貢献をする旨を発表している。

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Nena の歌詞と著作権というエントリで、音楽著作権の話題に触れた。

日本における音楽著作権の管理団体として日本音楽著作権協会 (JASRAC) がよく知られている。

作品データベース検索サービスを使って、アーティスト名「Nena」(前方一致)で検索してみると、107件の作品が該当するものとして出てきた。ざっと見たところバンド時代の作品ばかりのようである。アーティスト名「Kerner」で検索すると4件(ICH HANG AN DIR, LAND DER ELEFANTEN DAS, LASS MICH DEIN PIRAT SEIN, RETTE MICH — ここで LAND DER ELEFANTEN DAS と定冠詞 Das が後に付いているのは前方一致検索のためであろう。図書館のデータベースなどでも雑誌名の定冠詞は略して検索するようになっている場合がほとんどだと思う)。

ドイツにおける音楽著作権管理団体として GEMA がある。このオンラインデータベースは、JASRAC のものよりショボく、title での検索、work code with version での検索、ISWC での検索しかできない。致命的なことに、検索結果が多すぎるとどうしようもないことになる。たとえば title を DER ANFANG (私の最も好きなソロ作品のひとつ)として検索すると、

329 work(s) found, searching for: DER ANFANG
Caution: The quantity of results exceeds the limit!
Please specify your query more precisely!

という表示が出る。Please specify your query more precisely! と言われても specify できない検索システムなのでお手上げである。検索できない場合は別にするとして、title を OHNE LIEBE BIN ICH NICHTS としてみると、次のような情報が得られる。

title of version: OHNE LIEBE BIN ICH NICHTS
interested party CAE/IPI role
AUGUSTIN, ARNE 283.08.21.72 composer
CHRISTENSEN, PATRICK 258.03.30.82 composer
DILEO, PAUL T 405.49.97.43 composer
KERNER, NENA 052.25.97.84 composer
RAHY, NADER 262.88.57.31 composer
ROMAINE, VAN S 404.49.73.63 composer
KERNER, NENA 052.25.97.84 author
ARABELLA MUSIKVERLAG GMBH 041.34.16.21 original publisher
B 612 PUBLISHING GMBH 429.87.04.26 original publisher
HANSEATIC MUSIKVERLAG GMBH CO KG 406.51.25.89 original publisher
NENA MUSIKVERLAG GMBH 487.22.45.32 original publisher
UNIVERSAL MUSIC PUBLISHING GMBH 283.11.85.69 original publisher
artists
NENA,
further titles
OHNE LIEBE BIN ICH NICHTS:BERLIN VERSION
work information

work type:
vocal/instrumental: music and text
duration:
ISWC: T-802.184.701-9
instrumentation:
derivation of Work
version type: original work
arrangement of Music:
adaption of lyric:

権利関係が込み入っていることは、わかる。日本のファンサイトに歌詞を掲載する場合、Nena Kerner 個人が了承しても、利害関係者がたくさんいるので事は容易でないということであろうか。

GEMA は「YouTube、ドイツでも音楽著作権料をめぐって交渉決裂」という記事(japan.internet.com)にみられるように、YouTubeに対してペイ パービュー方式による契約を主張していたようである。

ところで、歌詞ナビというサイトに、99 Red Ballons99 Luftballons の英語版)の歌詞全文が載っているのを見つけた。コピペを防ぐためであろう、Adobe Flash が使われている。SNAIL RAMPによってカヴァーされたもののようである。

余談。
小室みつ子作詞、小室哲哉作曲の「Beyond the Time」はこのようになっている。

作品コード 081-2604-6 BEYOND THE TIME-メビウスの宇宙を越えて-
権利者 識別 信託状況 所属団体
小室 みつ子 作詞 全信託 JASRAC
小室 哲哉 識別 全信託 JASRAC
サンライズ音楽出版 株式会社 出版者 全信託 JASRAC
音楽出版ジュンアンドケイ 出版者 全信託 JASRAC
番号/区分 タイトル
正題 BEYOND THE TIME-メビウスの宇宙を越えて-

ビヨンド ザ タイム メビウスノ ソラオ コエテ

BIYONDO ZA TAIMU MEBIUSUNO SORAO KOETE

1 メビウスの宇宙を越えて

メビウスノ ソラオ コエテ

MEBIUSUNO SORAO KOETE

2 BEYOND THE TIME-メビウスの宇宙を越えて-

BEYOND THE TIME メビウスノ ソラオ コエテ

BEYOND THE TIME MEBIUSUNO SORAO KOETE

3 新機動戦士ガンダム逆襲のシャア編テーマ曲

シン キドウ センシ ガンダム ギャクシュウノ シャア ヘン テエマ キョク

SHIN KIDOU SENSHI GANDAMU GYAKUSHUUNO SHAA HEN TEE

4 BEYOND THE TIME-メビウスの宇宙を越えて-

ビヨンド ザ タイム メビウスノ ウチュウオ コエテ

BIYONDO ZA TAIMU MEBIUSUNO UCHUUO KOETE

「新機動戦士ガンダム逆襲のシャア編テーマ曲」というタイトルが付いているが、誤記であろう。「機動戦士ガンダム逆襲のシャア編テーマ曲」であって「新」は不要である(アムロとシャアのストーリーはこれで終わる)。

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つい最近のことである。2009年5月18日に、ドイツのミュージシャンNenaのファンサイトNenas Feuerwerkが閉鎖された。

Nena - 31 Juli 2004 - Berlin

Nena (写真は2004年7月31日ベルリン GNU FDL)とは、1980年代に西ベルリンで活動を始めたバンドであり、ヴォーカリストの名前(フルネームでは Nena Kerner)でもある。バンドで発表した作品にはNENAと、大文字斜体で表記されていた。バンドは1987年に解散したが、Nena Kerner 自身は1989年以降ソロ活動を続け、現在はハンブルクを本拠としている。バンドの最盛期には世界ツアーがおこなわれ、何度か来日してコンサートを開いている。ソロ活動ではバンド時代の歌も歌うが、新作も多い。また、童謡のCDも発表しており、ドイツの子どもにもおそらく人気が高い。かつてのように世界的なヒットはないものの、ドイツ語圏では確固とした地位を築いている。また、2008年5月27日には、ハンブルクにNeue Schule Hamburgという学校を開いた。

Nenas Feuerwerk は日本で発表されていない Nena の詞を翻訳して公開されているという貴重なサイトであった。最近はごぶさたしているが、サイトの管理人ともメールのやり取りもあって、勉強させられることは多かった。

さて、サイト閉鎖の理由について次のような説明がなされている。

閉鎖の理由は著作権です。
訳詞については作者Nenaの承認を得ておりましたが、著作権法の関係上、掲載できないことが分かりました。
また、編曲して掲載する際にも事前に作者の承諾が必要です(著作権法27条)。Nenaが日本で活動していない以上、継続的に承諾を得ていくのは難しいと判断しました。

そこで著作権法を読んでおきたい。

第27条  著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。

本件でいう著作者とは、いうまでもなくNena Kerner である。翻訳する権利は Nena Kerner にあることになる。

Nenas Feuerwerk のサイトでは、Nena から承認を得て翻訳をしていたのであるから、翻訳そのものが著作権法に抵触するとは考えにくい。日本語に翻訳された歌詞の著作権はといえば、著作権によって次のように定められている。基本的には訳者が著作権を有し、複製や頒布の権利を有するはずである。

第28条  二次的著作物の原著作物の著作者は、当該二次的著作物の利用に関し、この款に規定する権利で当該二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利を専有する。

ここまでのところ、問題は特にないように思われる。あるいは、Nena が翻訳を認めなくなるとか、Nena 以外の人が作詞した作品が含まれているなどの事情があったのかもしれない。いずれにしても不思議であるし、貴重な資源が失われてもったいないのである。管理者ご本人に事情をお聞きしたいと思う。

また、日本の著作権法とともに、ドイツの著作権法も参照すべきではないかという気がするが、気がかりなのはあの翻訳が原文との対訳だったためではないだろうか。日本語訳だけを掲載することについて問題はないはずである。

いずれにしても、あのサイトを再開してほしいというのが私の希望である。

話は変わるが、Nena が歌ってもっともヒットした 99 Luftballons (邦題「ロックバルーンは99」)に関する日本語版ウィキペディアの記事には、歌詞の大要(当該記事では「内容」と表現されているが、歌詞に直接かかわる記述があるのは日本語版のみである)が掲載されている。この「内容」は、2009年5月20日 (水) 15:00時点における版と2009年5月20日 (水) 16:43時点における版のあいだでかなり変わっているが、オリジナルの歌詞を知っていれば、簡単に歌詞だとわかる程度のものである。

Wikipedia contributors. ロックバルーンは99. Wikipedia, ; 2009 5月 20, 16:43 UTC [cited 2009年6月7日]. Available from: http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%81%AF99&oldid=25988082.

むしろこちらのほうが問題が大きいように思われる。

追記 日本における Nena のファンのメーリングリストもある。今のところアクティビティは低いが、ドイツやアメリカのメーリングリストがspamで使い物にならなくなったのとは対照的に、現在も生きている。

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岩波映画の羽仁進監督の「不良少年」(1961年, 新東宝配給, 90分白黒作品)は、著名であるにもかかわらず目にする機会は少ない。私は、深夜に放送されたものなのか、ケーブルテレビによる放送なのかよく憶えていないが、テレビの前で釘づけになって観たことがある。ビデオ録画もしたはずだが、テープはどこにあるのか自分でも把握していない。そのうち出てくると思う。

いずれにしても、はじめからしまいまで観たのである。映像では冒頭に、この映画がフィクションであって内容については監督に責任があることと、撮影に協力した少年に対する謝意が文字で示される。少年が逮捕され、少年院で生活する様子が描かれている。結末を明かしたとたんにつまらなくなるようなことはないが、プロセスを通じて緊張させられる作品である。

実を言えば、私は岩波映画にあまりなじみがない。このエントリを書く際にちょっと調べて田原総一朗が岩波映画出身だと初めて知ったほどである。

それはさておき、この映画の音楽を武満徹が担当していることはおそらく重要であろう。劇中で用いられている歌は有名な「〇と△の歌」である。今日では小室等がギターを弾きながら歌い、また合唱でもよく歌われている。映画の中でこの歌はごく控えめに、少年院の静かなグラウンドを映したシーンにおいて、うっかりすれば聞き逃してしまいそうなアカペラで歌われている。小室等の歌い方もそれによく似ているように思う。

合唱では、ややメリハリの利いた歌い方がなされるようである。たとえば2008年の新居浜混声合唱団定期演奏会のように。

ところで武満徹とは誰かと訊ねられるかもしれないが、国際的に著名な作曲家である。フィクションながら現実の少年に取材したドキュメンタリー風の「不良少年」に対して、まったく空想的な世界を描いた安部公房原作、勅使河原宏監督1964年の作品「砂の女」(カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞)の音楽も武満徹が担当した(主演の岸田今日子は、羽仁進と同様に自由学園高等科卒業生である)。

武満徹は65歳の癌による死をもって、大江健三郎にさらなる小説執筆の決意をうながすことになった。

さて、どのように話を羽仁進に戻すか。いや、ここに述べてきたとおりであるから、本当は話を戻すことにはあまり意味がないとも思う。ただ、武満徹の音楽が大きな影響力を持っていたことには言及しておかないわけにはいかないと思われるのである。ただ、武満徹の作品の歌詞の最後の部分だけを示しておきたい。バラライカは三角だぜ!

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